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豪腕真黒男べー

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「術競べ」(十一)  作 幸田露伴
金左「結局は益無き邪法をお物好きに相成りまするより、左様の事も起こりまするので、金左今日は死を決してお諫め申す以上は、是非とも今後催眠術はお禁止になりまするように願いまする。」

抜麿「またしても邪法呼ばわりをするか、邪法では無いと申すに。」

奇之助「石部さん、それは貴方が知らんからで。」

金左「イヤ何と仰ってもいけません、催眠術などということは在るべからざることで、全く根元は天草残類の妖法でござりましょう。」

抜麿「何もお狐の事から北利氏とちょっと悶着を致したとて、それももう氷解致して見れば何でも無いのだから、左様に咎め立てを致さんでもよいことでは無いか。」

金左「イヤそうは成りません、是非にお思い止まりを、北利様も何ご不足無いご身分でお道楽もござろうに、催眠術は悪いお道楽でございまする。お廃止なさいませ。」

抜麿「うるさいないつまでもグズグズ申すとまた術を掛けるぞ。」

金左「イヤ、今日は覚悟して参った以上はもう驚きません、死を決してご諫言差し上げるつもりの石部金左衛門、金鉄の心でございまする。」

抜麿「何だ、掛けられても恐れぬと申すか。」

金左「まったく恐れませぬ。死を決した以上は何が怖うございましょう!催眠術でもガマの術でも邪は正に勝たずでございます。金左今日は覚悟を致しておりまする。」

抜麿「ヤ、面白い。それなら貴様もしこの術に掛かったら何と致す。」

金左「その時は催眠術に降伏致すでございましょう。ただし掛かりませんでしたらば若殿も北利様も術をお捨てになりますか。」

抜麿 奇之助「オォ、十分に術を行っても掛からなかったら貴様の言に従う。」

金左「よろしゅうござる、その儀ならばお掛けなされませ、覚悟致しました。さあ前からでも後ろからでもお掛けなされませ。ちゃんと袴に手を入れて盤石と座りましたる上は、金左悪びれは致しませぬ、ご存分にお掛けなされませ。金左は師匠より皆伝を受けましたる小野派一刀流の気合いをもって身を守りまする!キリシタンバテレンの邪法に屈するごとき事は毛頭ござらぬ。」

抜麿「その広言は後で致すがよい、今思い知らせてやる。」

奇之助「僕がまず掛けましょう、僕のが早く掛かるから。」

抜麿「イヤ、私が先へ掛けましょう。エヘン、ウルマノヲトコハ、イモクテネー、コクリノヲトコハ、ババスーテネー、トラネルサウネルソッパネルー、トンネルバンネルフランネルー、ウトーリ、ウトーリ、ヒナタネコー。ウルマノヲトコハイモクテネー、コクリノヲトコハババスーテネー。‥‥イヤ恐ろしい爛々たる眼を剥いて予を睨みおるナ。ウルマノヲトコハイモクテネー。ヤこ奴なかなか頑強に抵抗するナ、ウルマノヲトコハイモクテネー‥‥。」

金左「これは怪しからん、眠くなって参った。ヤ、まぶたが大分に重くなってまいった。残念なり心外なり、小野派一刀流が催眠術に屈しては。ムムーッ。」

抜麿「しめたぞ、それまぶたが下がって来たぞ、ウルマノヲトコハイモクテネー、」

金左「これは怪しからん、たまらなく眠くなって来た。エイ、掌(て)の中に小刀を握ってきたはこの時の為である、是非に及ばん袴の下で膝に突き立て、痛みを持って眠りを忘れよう。エイ、ブツリ、ア痛!ア痛!」

抜麿「ヤ、また恐ろしい眼になって予を睨みおる。どうも剣術をやった奴の眼は奇妙に座っていて怖いナ、ウルマノヲトコハイモクテネー。」

奇之助「朽藁さん負けてはならん、僕も加勢する。ダチイキコツ、ネケンクジリンル、ダチイキコツ、ネケンクジリンル。」

金左「サァ何人でも来い、邪は正に勝たずだ。ブツリ、ア痛!ア痛!」

抜麿「ウルマノヲトコハイモクテネー‥‥」

奇之助「ダチイキコツ、ネケンクジリンル。」

抜麿「ウルマノヲトコハ‥‥」

奇之助「ダチイキコツ、ネケンク‥‥。」

金左「ブツリ、ア痛!」

抜麿「ウルマノヲトコハ‥‥どうも頑強な奴だ。非常にこっちが睨まれるので辛くなって来た。」

奇之助「どうも偉い奴だ、ダチイキコツ、こっちが疲れて来た。アァ恐ろしい眼だ。」

金左「しめたッ、敵は二人とも気の衰えが募って来た!剣術ならここでもって真っ二ツにしてしまうのだが。」

抜麿「ウールーマーノー‥‥アァ疲れて来た。」

奇之助「ダーチーイーキーコーツー‥‥アァくたびれて来た。恐ろしい顔だ、青く光っている!」

金左「此時(ここ)だッ。エーイッ。」

抜麿 奇之助「ヒァーッ。」

金左「ア、思わず知らず発した一刀流の気合いでもって、魔法使いは二人とも気絶してお仕舞いになった!お釜殿お釜殿水を持って来て下され。イヤ活を入れた方が早かろう。ヤァ、エイッ。」

抜麿「ウーン、ア痛、」

金左「ヤァ、エイッ。」

奇之助「ウーン、痛いッ。」

金左「お二人ともいかがでございまする?」

抜麿 奇之助「ウー。」

金左「自今断然催眠術のお道楽はお廃止になりまするように。」

抜麿 奇之助「ウ、ヘーッ。」

金左「もしも再びお用いになりまするならば石部金左衛門何時でもお相手になりまする。」

抜麿 奇之助「イヤもう催眠術をおもちゃにするのは止す。やはり写真や玉突きの方がよいからそれにする。」

 (終わり)


「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:41 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(十)  作 幸田露伴
お狐「いけません。何と仰っても証書が物を言います。この通り金三十三円三十三銭三厘三毛三絲三忽也、右正に借用と書いてあるじゃあありませんか。」

抜麿「困るナ貴様には、そんな大声を出されては外聞が悪い。証書証書とお言いだけれど、これは貴様証書では無い、新聞の号外では無いか。読んで聞かせようか、それ、旅順陥落、ステッセル降伏とあるでは無いか。」

お狐「そんな白々しいことを仰ってもいけません、現にここに書いてあります、金三十三円三十三銭三厘」

抜麿「そうは書いて無い、号外では無いか。」

お狐「イイエ金三十三円三十三銭三厘‥‥。」

抜麿「発狂したナやかましい、外聞が悪くて困るというに。」

お狐「でも、金三十三円三十三銭三厘‥‥。」

抜麿「ハハァ、掛けられて来たのだナ。」

お狐「金三十三円三十三銭三厘‥‥」

抜麿「エェもうやかましい、誰が知るものか。」

お狐「眼の中へ指を突っ込んでも金三十三円三十三銭三厘は引っ掻きだしますから、」

抜麿「おそろしい顔をして、指を出して掛かって来ては困るでは無いか。」

お狐「でも、金三十三円三十三銭三厘を下さらなけりゃあ。」

抜麿「あぁやかましい。そう掛かって来ては困る。アァ助けてくれー!眼の玉の助け船ー!」

お狐「さあ金三十三円三十三銭三厘をご返済下さいますかどうで、」

抜麿「返済するよ、返済するよ。あぁ情け無い。ステッセル降伏の号外一枚で三十三円三十三銭三厘取られる!術を掛けられて夢中になっておるものと争う訳には行かず、説いても諭しても解りっこは無し、忌々しい、奇之助のおかげで三十三円三十三銭取られる!」

「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:40 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(九)  作 幸田露伴
奇之助「どうでございます?貴女。」

お狐「ハイもうましで夢の覚めたようで。どういたしまして私はこちら様へ上がっておったのでございましょう?」

奇之助「ハハハ、いや何、気になさる事はありません、まあお菓子でもおつまみなすって。」

お狐「好いお屋敷でございますこと。お静かでお広くって。」

奇之助「ダチイキコツ、ネケンクジリンル、クウ、バア。」

お狐「エェ、出し抜けに大きな声をなすって、ビックリ致しました、何でございます。」

奇之助「少し静かに、静かに、貴女に私の術を掛けるから、それもう掛かって来ました。」

お狐「鳶が羽を拡げるような手つきをなすって何でございますネェ、‥‥ア、しかし掛けられまいというのも面倒だ、いっそ掛かった風をしてしまおう!」

奇之助「しめた。俺の術の突然式はこの通り卓絶だ。ダチイキコツ、ネケンクジリンル、クウ、バア。それもう眠った。さあこれからだ復習をしてやるのは、貴女ッ!」

お狐「ハーイ。」

奇之助「貴女、家へお帰りなすったら抜麿さんにお向かいなすって、僕があらかじめご用立ててある金三十三円三十三銭三厘三毛三絲三忽を御取り立てなさるがよい。すなわちその証書はここに在ります。この証書で責めて、ぜひとも取るのがよいです。寄越さなかったら眼へ指を突っ込んでも取るがよいです。それは皆貴女にあげます。そして指輪はそれをお取りなすったら返して下さい。」

お狐「ハーイ。」

奇之助「よろしい。お覚めなさい!ダコネジ、ナイ、バア。」

「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:39 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(八)  作 幸田露伴
お狐「いいことネー金持ちってものは、マァこの応接間なんかのハイカラで、そして洒落きっていること!窓掛けの立派なこと! 絨毯の美しいこと、緋の絹天を貼ったこの細足の椅子の心持ちの好いこと! テーブル掛けの結構なこと! 暖炉が焚いてあるからこの暖かで心持ちの好いこと! これを思うと身分があるよりゃあお金のある方が好い。私のいる家も随分結構には違いないが何だか窮屈なところがあって、どうもサヤ型の唐紙がまだどこかに残っているような気がする! だがこうやって丁寧に扱われるのも私が出来るだけめかし込んで下手な令嬢みたいにすまして来たからばかりじゃあ無い、やっぱり主人の威光が背後(うしろ)から射しているからだろう。それにしても例の馬鹿な真似を一通りはしなくちゃあならないのだが、ここのも魔法使いだというから大概知れた男だ。怖いことはあるまい、いい加減に誤魔化して、オマケをつけてお金でも品物でも何でも奪(と)ってやれ。オャドアの外で足音がする。そら来た、奇之さんが。こっちもオホンとすまさなくっちゃあ。」

奇之助「ヤ、これはお待たせ申しました。初めてお目にかかりますが、貴女は朽藁様のお身内ででもお有りなさいまして。」

お狐「ハイ、イイエ、あの暮れから参っておりまする召使いでございまして、貴方はご存じはございますまいが、私はもー、貴方をチャーンと存じておりまするのでございます。オォ恐ろしい香水の匂いだこと!まるで目も何も開いちゃあいられやしない!」

奇之助「ハハハハ。ヤ、そうでしたか、お召し使いでいらしったか、あんまり貴女がお綺麗なのでお身内かと思いました。して貴女のお出でになったご用と申しますのは?」

お狐「召使いだと言っても私のことを貴女貴女って言ってるよ。言葉といい目つきの様子じゃあ女にゃあ鼻の下が鯨尺の方らしい! 打たれる気遣いもあるまい、やらかそうかネェ! ハイ、その用向きと申しまするのは、朽藁式―催眠術の―妙―作―用―は―、こ―の―通―り―。」

奇之助「やッ、こりゃあ驚いた! 危なく椅子と一緒にひっくり返ってしまうところであった! 何だ! 両手でコンコンチキをこしらえて踊りかかって来るには驚いたナァ。悪い洒落だ、君、止したまえ、君、イヤ貴女、そんな事をしちゃあ困ります、止したまえ貴女!」

お狐「こんこんちきや、こんちきや、化あかそ化かそ。」

奇之助「これそう騒いでは困りますよ貴女! あぁ椅子をひっくり返した! 危ない!危ない! 止したまえ君、冗談しちゃあ困ります! 君! イヤ貴女困りますといえば、イヤ貴女! 貴女!」

お狐「我は化けたと思えども、こんこんちきや狐(こん)ちきや。」

奇之助「狂気(ふれ)ているのじゃないかしら、静かになったり、騒いだり、何だか一向に訳が分からない、悪いいたずらだ。」

お狐「いやいやのいたずらや、こんこんこん。」

奇之助「ウン、ハハァ、解(よ)めた! 解めた! あの抜麿めが催眠術を施して、暗示を与えておいて僕を嬲るのだナ! ウンそうだそうだ! それに違いない! この人が何も知った事では無いのだ。怒るわけにはいかないし、仕方がない、仕方がない!いっそ早くこの人が言いつけを受けただけの事を果たさせてしまう方がいいのだ。仕方がない僕も一緒になって踊ってやれ!こんこんちきや、こんちきや、すってこすってこ、すってこてこ!」

お狐「あぜ道細道回れ回れ。」

奇之助「あぜ道細道回れ回れ。やッ、膝小僧を椅子へ打ち付けた。あぁ痛い痛い。どうも身の軽いのには敵わない! あッ椅子からテーブルの上へ飛び上がった! とても追いつかない!」

お狐「ひらりとくるりと腰をしなえて踊り舞うていのうよ。さあもうよかろう、コンコンコン、そのお鼻の頭を一ツこうやってポーン。」

奇之助「あッ、こりゃあひどい!紳士たるものの鼻の頭(さき)を弾くなぞは! そして何だ、妙に気取ってトントントンと三歩下がって、眼を瞑って首を振って。」

お狐「フャラノ、フャラノ、フーン。ベッカッンコーッ。」

奇之助「ヤ、これは怪しからん、人の顔を見ながらベッカッンコをしてそして舌を出すとは!エェ、しかしながら怒るわけには行かん術のさせることであるから、泰然としてすましておらなければならん。オホンオホンオホン。」

お狐「その光った石の入っている薬指の指輪を私に下さるお約束で、」

奇之助「エェー、これはダイヤモンドだのに。」

お狐「ハイ、そのダイヤモンドのを。下さらなければはめていらっしゃる指を喰い切っても頂きますから。」

奇之助「こりゃたまらん、喰いつきそうな顔だ!あげますあげます。後では取れるだろうが酷い暗示をしおったナ。ア、指にはめてしまったら手を握って正体を失ってしまった!ばあやぁ、ばあやぁ、あッ、ここにこれが有ったったっけ、ベルさえ忘れてしまった。」

お兵「何でございます。マァ大変な騒ぎでしたが。オャ朽藁さんのお使いが倒れているじゃ有りませんか。」

奇之助「いい、大丈夫だ、水を持って来てこの人にかけろ。」

「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:37 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(七)  作 幸田露伴
お兵「旦那様!旦那様!お起きなさいまし、お客様でございます。」

奇之助「ウンー、ムニャ、ムニャ、ムニャ。」

お兵「朽藁様からのお使いです!」

奇之助「使いなんぞ待たせておけ、眠い眠い、もう一時間寝る。」

お兵「そうはいきません、もう九時ですから。」

奇之助「じゃあもう三十分寝る。」

お兵「いけません。お起きなさい。」

奇之助「婆やぁ、堪忍してくれ、目が開かないもんだから。もう十分寝る。」

お兵「そんなことを言いながらトロトロしていらっしゃる、あなたぐらいお寝坊の人はありゃあしません。お起きなさいお起きなさい。」

奇之助「もう五分寝る。」

お兵「いけませんいけません。」

奇之助「もう一分寝る。」

お兵「何ですネ下らない!いくら眠いと言ったって、一分ばかり寝たって何になりますものか。お起きなさい、お起きなさい!朽藁さんのお使いというのは、若い女ですよ、綺麗にお化粧(つくり)をしているちょいと見られる新造ですよ、まあ別嬪(べっぴん)ですよ、ほんとうに別嬪ですよ。」

奇之助「何だ、別嬪だと。本当か、本当か。」

お兵「へへへ、別嬪といったら目をお覚ましなすったよ。」

奇之助「ヤ、しまった!謀られたか、残念な。起きるんじゃあなかった。その位なら今の夢の続きを見た方がよかったっけ。」

お兵「未練な事を仰るものじゃありません、みっとも無うございますよ。嘘じゃありません、ほんとに別嬪なのです。」

奇之助「いいよ、もう起きるよ。それ湯を汲んでくれ。髪の道具は揃ってるかい…剃刀を研がせておけと言ったが、研げているかネ?新聞を膳のそばへ置いてくれ、食いながら読むから。座ったらすぐに茶が飲めて飯が食えて汁が熱くて卵の鏡焼きが出来ていて、新聞が置いてあって、郵便が並べてあって全ての埒のあくようにしておいてくれなくちゃあいかんぜ婆やぁ!」

お兵「散々寝ておきなすって、起きるとすぐにそのせっかちが始まりますえ。」

奇之助「そう悪く落ち着いてすましていてはいかん!だから日本人は嫌いだ。だらけていていかんというのだ。どうも東洋一帯の悪い習慣だ。早くしろ早くしろ婆やぁ」

お兵「それまた『日本人は嫌いだ』がはじまった。そんなに急かないでもですよ。それあんまりお慌てなさるから首締めが裏返っています!」

奇之助「チョッ、何年経ってもネクタイの事を、最初に言い出した自分の言葉でもって今だに首締め首締めって言いくさる、忌々しい意固地のババアだナ。」

お兵「でも首締めは首締めですもの、首締めって言ったって悪かぁ有りません。」

奇之助「いいよ、いいよ、お前と言語論したってしょうがない。早くまあ飯を食おう。飯だ飯だ飯だ!」


「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:36 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(六)  作 幸田露伴
抜麿「これお狐、心理生理の二面に渡って哲学宗教の秘密に触るる神秘深奥の学問の為にナ、貴様の身体を暫時実験に用いるからその積もりでいろよお狐。」

お狐「アノ何でございまするか解りませんが、どうか御免下さいまして!」

抜麿「解らんなコレ、怖い事では無い、学問の為である。」

お狐「でも私をどうかなさりまするので?」

抜麿「いやどうも致すのでは無い、もちっと予に近う寄って、ただおとなしくしておればよいのじゃ。予が呪文を唱え手先を動かすのを黙って見聞きしておるとナ、そのうちに好い心持ちになってウトウトと眠くなる。そうしたら一向に構わずに寝てしまえばそれでいいのだ。」

お狐「嫌でございまするネェ、正体が無くなるのでございますか。」

抜麿「左様さ、正体が無くなるというのでも無いがまず眠くなるナ。」

お狐「お上の前で居眠りを致してご覧に入れるのはあんまりお恥ずかしいことで、こりゃ私はどうぞ御免なすって下さいまし。」

抜麿「イヤ苦しゅう無い、イビキをかいてもヨダレを垂らしても許して遣わすから。」

お狐「いくらお許し下さいますにしても、これだけは御免下さいまし、女のたしなみに背くことでございますから。」

抜麿「大事無い、誰も見てはおらぬし、予ばかりのことである。そんなに片意地になって女のたしなみを兎角申さずとも予の言いつけに従うがよい。」

お狐「いくら仰いましてもお恥ずかしゅうございますから。」

抜麿「困るナ、そう強情では。‥‥ムム、よしよし、最初一度だけの事である、後はまたどうにでもなることであろうから、騙すに手無しである、利をもって誘ってやろう。コレお狐、その方何か欲しいものは無いか。」

お狐「欲しいものと申しますと?」

抜麿「衣服(きもの)とか髪飾りとか、何かそのようなもので。」

お狐「私は嘘偽りは申しません、正直に申しますが、そりゃあ欲しいものは沢山ございます。」

抜麿「まず差し当たりは何であるナお狐。」

お狐「お召縮緬(めし)が欲しくって欲しくってたまりませんのでございます。」

抜麿「お召しは何ほどぐらいいたすものである?」

お狐「品次第でございますけれども、十四五円ならよろしゅうございますネ。」

抜麿「高いナ。も少し手軽なもので欲しいものは無いか。」

お狐「左様でございますネェ、節繊維(ふしいと)で十円、伊勢崎(いせざき)で八円、秩父銘仙(ちちぶめいせん)でも見好いのは五円位も取られます。」

抜麿「よくいろいろと知っておるナ。では仕方が無いその秩父銘仙と言うのを買って遣わす。どうだ嬉しいか。」

お狐「あの私に買って下さいまするので?」

抜麿「そうだ。」

お狐「そりゃあどうも誠にありがとうございまするが。」

抜麿「その代わりこの方の用も足すかどうだ。」

お狐「ハイ、‥‥アノ‥‥何でございますか‥‥それは、」

抜麿「嫌なら買っても遣らぬがいよいよ嫌か。」

お狐「ハイ。イイエ。イイエ。ハイ。‥‥」

抜麿「どうだどうだ、分からんことを申さずとも自分の好みの物を買って、主人の用事も勤めたのが当世であろう。それ五円遣わす。受け取るがよい。」

お狐「それ程までに仰ることならばご試験の為に、どの様にも私の身体をお使い下さいまし。これは頂くに及びませんでございます。」

抜麿「ン、予の熱心に感じたところは感心な奴だ。これは一旦遣ったものであるから袂(ここ)へ入れて置いてやる、サアサア予が引っ張る通り前に出て、前に出て!そう!まずそこでよし。さあ術を掛けるぞ、気を静かにして!」

お狐「何だか寒いような怖いような心持ちが致しまして。」

抜麿「怖いことはちっとも無い、安心しておれ、予の指を見ておれ、動く通りに。」

お狐「オヤオヤ砂の上へ『へのへのもへじ』を書くような指(て)つきをして、人の目の前で何かなさるのネ。」

抜麿「黙っておらんではいかん。法事であるから、真面目になっておれ。直にもう眠くなる。予が唱える呪文を気を鎮めて聞いておれ。ウルマノヲトコハイモクテネー、コクリノヲトコハババスーテネー、トラネルソウネルワッパネルー、トンネルバンネルフランネルー、オーライ、ウトーリ、ヒナタネコー。そーれ眠くなって来た。どうだ瞼が下がるだろう。オーライ、ウトーリ、ヒナタネコー、オーライ、ウトーリ、ヒナタネコー。や、とうとう寝てしまった!実に奇妙であるぞ!あぁ実に妙だ、我ながら妙だ!実に感心だ、実に不可思議だ、実に人間の最霊最妙の現象だ!

アァ朽藁抜麿(くちわらのぬけまろ)、弘法伝数の徒と相距る幾ばくぞやだ!どれどれ術家のいわゆるパッスを行って遣わそう。‥‥。さてまずこれで好し、これから試験をして見よう。これお狐、どうだ時候も大分暖かになったナ。」

お狐「ハイ、左様でございます、暖かでございます。」

抜麿「フフフ、この寒いのに暖かだと言っておる。これはおもしろい。どうだお狐、こういう陽気になるとシラミが這い出すと申すが、貴様なぞも定めしたかられておることであろう。ヤ、この襟元にコレ胡麻粒程の立派な奴が一匹這っておるでは無いか。」

お狐「まあ、お嫌だこと!お恥ずかしゅうございます!」

抜麿「フフフ、綿ゴミを指して申したに本当のシラミかと思って、真っ赤な顔をして恥ずかしがっておる。こりゃあ面白い!これ、襟にさえこの通り這っておるようでは、背中にも定めし沢山いようぞ。痒かろう痒かろうどうだお狐。ヤ、顔をしかめて痒がり出した。奇妙奇妙!こりゃ可笑しい。お狐、予が呪文をもってそのシラミをことごとく退散致させて遣わす。マーゴノテバアリバリ、マーゴノテバアリバリ。どうだ治ったろう、もう痒くはあるまい。」

お狐「ありがとうございます、痒くはございません。」

抜麿「フフフ、どの位性が抜けて馬鹿になるものであろう!おりもせぬシラミがいて痒いと言ったり、マーゴノテバアリバリと言えば痒くなくなったと言ったり、アッハハハハ、ほんとに馬鹿だナァ、アハハハハハハ。可笑しいナァお狐、可笑しいだろうお狐、ハハハハハハ。」

お狐「オホホホホホホ」

抜麿「ヤ、こりゃあ馬鹿だ、訳も分からないのに可笑しそうに笑って、しかも自分の事を笑われているのも知らんで笑うというのは、何処までナンセンスになったものか数が知れないわ。アハハハハハハ。」

お狐「オホホホホホホ、オホホッ、オホホッ。」

抜麿「真に可笑しそうに笑っておるところが実に絶妙だ。さも予が馬鹿馬鹿しいことをしておるのでも見て可笑しくって堪らないように笑いおるのが可笑しい。ハハハハハ。」

お狐「ホホホホホホホ。」

抜麿「フフフフフ、まだ笑っておる!、もう止させてやろう。お狐!考えて見れば可笑しいことは何にも無かったナ。人間というものは一体馬鹿で何にも知らんで笑ったりなんぞしておるが、気がついて見れば自分の馬鹿なのはつくづく悲しいナァ。俺は何だか悲しくなったが貴様も悲しいだろう。ナァお互いに馬鹿なのが悲しいナァ。」

お狐「なるほど私も悲しゅうございますネェ、な、な、情け無くって!」

抜麿「ヤ、すすり泣きまでして悲しみだした。フフフフフ。予も貴様の馬鹿なのが不憫で悲しいが、貴様も予の馬鹿なのが不憫で悲しいか、エーンエーン。と泣き真似をして見せたものだ。」

お狐「私もエーンエーン、若様のお馬鹿なのが、エーンエーン、お可哀想で、エーンエーン、悲しくってなりません、エーンエーン。」

抜麿「ハハハハハハ、大笑いだ。自分の事は棚に上げておいていい事を言いおる!大層な泣き声だぞ、羊でも鳴くようだ。そう泣かすばかりでも可笑しく無い、陽気にして遣わそう。お狐!、しかし泣いてばかりいてもつまらん世の中だ、ちと浮かれるのもよい、酒は憂いを払うものだ、一杯遣わそう、これを飲むとたちまち酔っていい心持ちになるぞ。それそれどうだ、身に染み渡るだろう。正宗だぞ。酔いが発して来たろう、どうだお狐。」

お狐「アァ顔が火照って眼がちらちらして好い心持ちになりました。」

抜麿「ハハハ。湯を飲ませたのに酒だと思って顔も赤くして全く酔ったような心持ちでいると見える。不思議不思議。どうだお狐、好い心持ちなら歌でも歌わんか。それ隣室(となり)で三線の音がする!貴様の歌うのを待っている様子だ。歌え歌え。」

お狐「どどいつの三味線ですネェ。面白くなってまいりました。じゃあ一ッ聞きおぼえを遣りますよ。お前もーどじーなら私もどじーで、どじーとどじとーで抜けー裏だ。」

抜麿「聞こえもせぬ三線に浮かれて歌い出したのが面白い。こりゃあ妙だ、実に妙だ、珍妙だ。も一ッ歌え、も一ッ歌え。貴様の歌は面白い。」

お狐「お前もー馬鹿なら私も馬鹿で、馬鹿ーにしあうもー馬鹿馬鹿し。」

抜麿「ン、ナァル程、摂理を含んでいる歌だナ。面白い。も一ッ歌え、も一ッ歌え。」

お狐「サイコロ(さい)のー一(ピン)の所(とこ)は、狸ーのお尻、それーが、知れなきゃあ、舐めーて見な。」

抜麿「ハハハハハハハ、何だかどうもらつな歌で理由(わけ)が分からんナ。しかしもうこの種の実験はこれで済ますとして、これから大切の天眼通の実験をしなければならん。これお狐、貴様は北利奇之助を見た事が有ろう、――年賀に来たから。あの男の宅は直近所だが、あれのところへ参ってあれが何をしておるか見て帰って来い。こらこら立って行かずともよい、ここにいろ。」

お狐「ヘェー。」

抜麿「貴様は今既に通力を得ておるのだ。目を塞いでいて天下の事が分かるのだ。さあ北利の家へ行って何をしておるか見て来て話して聞かすがよい。」

お狐「こうも馬鹿げきった事が言えば言われるものかネー!どうも変な事を言うと思ったら私に命令(いいつ)けてるなあ、つまり身体はここへ置いて魂だけで北利の家へ行って来いというのだよ。ひど!馬鹿馬鹿しい、鼻の穴から煙草の煙でも出しゃあしまいし、そうお手軽に魂が体から抜けて出てたまる分けのものじゃあ有りゃしない。やしゃごのお化けだってあの殻の中から出っきりにゃあならないものを、豚の何かの風船に五色の糸でもつけて飛ばすように、魂が尾を引いてふらふらと身体の外へぶらつき出しでもしたら御慰みだろうが、そうしたら生憎風でもって吹きつけられてその尻尾が電線に絡まってしまって、魂の立ち往生ッていうようなとんちきなことも始まりそうな話だ。仕方が無いからこうやって色々の事を思いながら薄目を開いてボンヤリとした顔をして黙って座っていると、今私の魂が北利の家へでも行ってる最中かと思って妙な顔をして私を見つめているこの抜麿さんのお顔ッたら無いネ!。オヤオヤこの人も眼が二つあるよ!。マァ感心に鼻が下を向いて付いている中が可愛らしいじゃ無いか、そして眉毛が眼の下に付いてもいないのネー、ホホホこれでもやっぱり並みの人の形をしていらしゃるからいい。魂が見えないものだからいいようなものの、手に取って検めることの出来るものなんだろうもんなら、この抜麿様のお魂なんぞはきっと州が立っていらっしゃるよ!。どれどれ、もう帰った積もりにしてもいい時分だろう。いい加減なちゃらっぽこを振り蒔いてやることとしましょうよ。エェ北利さんのところへ行ってまいりましたが‥‥。」

抜麿「ムムさようかさようか、途中が寒かったろう、大儀であったナ。」

お狐「どうも夜分の事でございますものですからお寒うございましてネ、それに大きな洋犬(いぬ)がおりましたので怖うございました。」

抜麿「ウン、そうだろう、そうだろう。寒い晩である!なるほどあそこには大きな洋犬(いぬ)がいる。ハテ神妙不思議の事である!!よく分かったものである!!!なるほど天眼通である!神通である!ハッァ有り難いかたじけない、予は神通を得た!神通自在になった!安倍清明が式神を使ったというのも今思い当たったが、清明何するものぞやだ、もう羨ましくは無いぞ。して北利は何をしておったか、それを聞かせい。」

お狐「生憎北利さんはお留守でございました。」

抜麿「ナニ、北利は留守だったと?それは残念だった!何か別に見聞きした事は無いか、有るなら言って聞かせい。」

お狐「お女中が二人で北利さんのお噂をしておりました。」

抜麿「フム、何と申しておった?」

お狐「春の事だから大方待合いへでもいらしって、芸者でも揚げて遊んでおいでなのだろうと申しまして。」

抜麿「フム、そうか、他には何も申さなかったか。」

お狐「きっとまた芸者をお呼びなすったらそれに催眠術を掛けるなんて言っては嫌がられておいでだろうって。」

抜麿「フーム、もう他には何も申さんだったか?」

お狐「まだその他には、どうも旦那様の催眠術もいいけれども、余り心無しに長ったらしく掛けられると、後でがっかりしてくたびれてしまって、ご用の出来ないには弱る、と申しておりました。」

抜麿「ナァル程もっともである、これはそうであろう。貴様には後でたんと休息させてやるから賢い主人だと思え。さ、もう天眼通の実験も済んだから醒ましてやってもいいが、ン、まだ有ったまだ有った。暗示力の実験だ!いかほど施術者の命令が被術者の覚醒後にも行われるか試してみなければならん。この実験には少し条理に外れたような事をいいつけて見ねばどうも無意識でする事か記憶(おぼえ)が有ってする事かの判別が出来んから、よしよし少々出来かねるような突飛なことを申しつけて見てやろう。去年もこの暗示力の実験では大成功したのだが、お品を相手にさせたために大珍事が起こって、とうとうお智世に暇をやるに至ったが、今度は誰を相手にさせたもので有ろうか、我が家の中(うちうち)の者では、後でふんぬんが起こった時に困るし、まさかに往来の者にこれこれの事を仕掛けろと、おかしな事を命じておく訳にも行きかねるが、ハテ誰に仕掛けさせたものであろう、誰に仕掛けさせたものであろうか?ア、北利奇之助!彼に限る、彼に限る。彼は日頃催眠術についての自信が甚だしく強くって、自ら卓絶した術者だと思って予を軽く観ておる!いや内々では予を侮っておる!彼を実験の相手にしてやれば後で取り調べるにも何かに便利であるし。かつ少々はひどい事をしてやっても彼ならば構わん。彼の鼻を挫くにはむしろ少しは思い切った事を仕掛けてやる方がいい位である。ヤ、鼻を挫くと言えばお智世にお品を愚弄(なぶ)らせたのは実に巧く行ったものだった。しかし余り巧く行き過ぎたので事になってしまったが、奇之助は同じ催眠術研究者であって見れば暗示力実験の相手にしていささか愚弄したところで、お品のようにむやみに怒るまい。イヤ怒ればいよいよもって愚弄してやってもいい位である。すればまず相手は北利として、何をさせたものであろう?。ア、鼻を挫くというところから面白い事を思いついたぞ、少しひどいかも知れないが、構わん、実験だ。ウフフフフフフ、こりゃ堪えられない、あの北利めがどんな顔をするだろう、こりゃ可笑しくって可笑しくって独りで堪えられない!。これお狐、貴様にしかと言いつけて置くから命令(いいつけ)通りに致すのだぞ。」

お狐「ハイ。」

抜麿「明朝貴様が起きたら起き抜けにすぐに、」

お狐「起き抜けにすぐに、」

抜麿「まず顔を洗い、白粉をつけ、身仕舞いを致して、」

お狐「まず顔を洗い、白粉をつけ、身仕舞いを致して、」

抜麿「北利奇之助を訪ねて、面会を求めるのだ。彼は朝寝ゆえ寝ておるであろうが、如何様にしても起こして強いて面会をして、」

お狐「如何様にしても起こして強いて面会をして、」

抜麿「顔を見るや否や思い切った大きな声を揚げてナ、朽藁式催眠術の妙作用はこの通りと申して、」

お狐「朽藁式催眠術の妙作用はこの通りと申して、」

抜麿「手の中指薬指と親指とを寄せて他の指を伸ばしてナ、俗に申す狐々(コンコン)チキの形を両手ともにこしらえて踊り回るのだ。」

お狐「コンコンチキの形をこしらえて踊り回って、」

抜麿「奇之助を化かす心持ちで散々に嬲り立てた上、好い程を見てあれの鼻の端(さき)を突然(いきなり)にポーンと指で弾くのだ。」

お狐「好い機(しお)を見て突然(いきなり)に鼻の端(さき)をポーンと弾いて、」

抜麿「そしてトントントンと三歩後へ下がって眼を瞑って首を振りながら、」

お狐「三歩後へ下がって眼を瞑って首を振って、」

抜麿「フャラノ、フャラノ、フンと申して、ベッカッンコをして見せるのだ。」

お狐「フャラノ、フャラノ、フン、と申して、ベッカッンコをして見せるので。」

抜麿「そうだ、それでいいのだ。」

お狐「ハイ」

抜麿「しかと言いつけた通りにするのだぞ。」

お狐「ハイ」

抜麿「ではもう実験も沢山だ。予の新式は成功した。抜麿君万歳だ。さあ醒ましてやろう。この水を飲め、これを飲むとはっきりとしてすっかり常の心持ちになる。さあ一口飲め、そうだ、そうだ、それはっきりとしたろう。」

お狐「アァッ、アァアァ。オヤ、あくびばかり出てこりゃ怪しからないこと!マァ私はいつのか間に若様のお前でうっとりとしてしまったのでございましょう!ちっとも存じませんでしたよ。」

抜麿「ハハハそうで有ろう、何も知らんか?」

お狐「何にも存じませんが、何かおかしい事でもございまして?」

抜麿「ハハハ、いや別におかしい事も無かったが、お狐貴様はどどいつが上手だナ。」

お狐「あら嘘ばっかり。」

抜麿「嘘では無いぞ、さいのピンの所は狸ーのお尻なんぞという稀代な文句の歌を貴様は知っておるな。」

お狐「何でございますか知りませんが他人が歌っていましたのは存じております。」

抜麿「イヤ他人が歌ったのでは無い、貴様が歌ったのだ。」

お狐「あ、マア嘘を仰いませ!」

抜麿「虚言(うそ)では無い、ほんとに貴様が歌ったのだ。」

お狐「ほんとに?」

抜麿「ほんとにサ。」

お狐「マァどうしましょう、嫌でございますネェ。」

抜麿「コレコレそう恥ずかしがって慌てて行かんでもよい。ハハハハハハ、夢中になって逃げて行ってしまった。可憐な奴である!」

「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:36 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(五) 作 幸田露伴
お狐「不景気で不景気で仕方なくって、ろくな仕事も無いから遊んでいるよりゃあましと、こんなところへ猫を被って奉公住みはしたものの、間がよかったら若様でも引っ掛けて強請(ねだ)る種子をこしらえて、暖まろうと思ったその甲斐も無く、学問に凝ってばかりいる無類の堅物なので、こりゃあお給金ぎりじゃあどうも始まらない、まだしも安請け合いでも稼いだ方が正月だけによかったか知らんと、内々はちっともう後悔していたところ、妙なことも有るもので、魔法に若様が凝っているとはホントに希代な話だが、いい物好きな馬鹿様をいい加減にあしらって、どうかしてちっとやそっとは巻き上げたいものだ。昔話にある楊子隠れじゃあ有るまいが、魔法だなんて馬鹿馬鹿しい、どんなことをするのだろう。ホントに身の楽な人は下らないことをしたものだ。だがまあ何でもいい、出たとこ勝負で、大抵にあやなして多少銭(なにがし)かにしてやらなくちゃあ。どれどれ一つ若様の魔法を拝見と出かけようかネエ。チェッ誰か見ていて私の芸風を褒めてくれないかしら。こう見えてもちょいとお高い役者のお狐さんのする仕草にゃあ、かなり好いところがあるつもりなのだから、見物の無いなぁちともったいない様な気がするよ。ホホホホホホ!」
「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:34 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(四)  作 幸田露伴
お釜「それお召しだよ、お狐さん。今頃何もご用の有ろう筈は無いのだから、きっと魔法のご用に違い無いよ、魔法始めって言うんで。」

お狐「大変な事ネエ、私はどうしようか知らん。」

お釜「どうしようってったってとても仕方はありゃしないよ。石部さんのおじいさんをさえ捕まえてあの騒ぎをなさるのだもの!」

お狐「ほんとに困っちまうのネ、まるで魔法に掛けられちゃあ若殿様はヒヒみたいになっていらしゃるのネエ。」

お釜「お前さんもなかなかの口だこと!本当にヒヒなんだから叶やしないよ。いいサ、私の伝で百円とお言いよ。値で別れ話になるなあ商売(あきない)の常だって言うじゃあ無いか。」

お狐「ホホ魔法に使われ賃を百円なんていうのはヘンテコの商売ネエ。」

お釜「構やあしないよ。ホラまたお呼びになってるよ。」

お狐「仕方がない。お釜さんも一緒に行って下さいな。」

お釜「嫌な事だワネ。白羽の矢が立った人だけでお勤めなさい。それまたお呼びになるよ。」

お狐「あぁ切ない情け無い、心細くなってきた。魔法のご用だと思うと行く空は無いネ。」

お釜「水盃でもして別れようかネ。」

お狐「ひど!お前さんは人の事だものだからいい気になっているのネエ。ようござんす、思い切って行って来ますよ。」

「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:32 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(三) 作 幸田露伴
抜麿「ハハハハハハ。金左衛門のジジイめ、大いに驚きおった様子だ。いかに予が催眠術に達しておるからとて、ビールビールスッポンというような呪文でどうもなるのでは無いが、自分の気でもって嫌な心持ちになったと見えて妙な顔をして逃げおった。これが真の当意即妙というので、メスメルでもリーボーでもこんな事は知るまい。ハハハハハハ。しかしこれもまた研究の一材料で、等閑にはできぬ事だ。確かに彼は恐怖して不快を覚えたに相違無い。あの目つき、あの声音、あの挙動というものは、彼が自己で自己に暗示した結果に他ならぬのである。まずもって研究記録の一ページは石部金左衛門で埋まる分けだ。それはそうとして去暮(くれ)はお智世を試験に供して、大分に色々の事を発明したが、年末年頭の俗事のために大いに実際研究を怠った。あの北利奇之助は定めし予を凌駕しようと思って勉強したことであろう。しかしあの男などに遅れを取る抜麿ではない、予は予で十分に研究を積んで驚かしてやろう。イヤそれについてはまた予が工夫した新式の催眠法を、差し当たりまず実験して見ねばならぬが、お品は物静かな生まれだけれども予の顔を見れば逃げるし、お釜は卑劣な奴で百円くれと言うし、前に掛けたことのある植木屋のせがれはその後は来ぬし、お鍋は愚な奴で、直に睡眠するそれはいいけれども、甚だしく涎を垂らして椅子も何もぬらぬらにして、そこら中をナメクジの這ったように致すには汚くて叶わぬ。ハテ誰を実験に使おうか、ムムお狐お狐!。来た時から彼女(あれ)は利口で健全で常識の発達しておる、実験用には屈強の女だと思っておった。彼女(あれ)の事、彼女(あれ)の事!どれ呼び出して今夜は術始めに一つ試みてやろう。」
「術競べ」 | 2010/09/13(月) 18:30 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「術競べ」(二)  作 幸田露伴
石部金左衛門「だいぶ冷えますることでござりまするが、まだご書見でならせられまするか。」

若殿抜麿「おぉ金左衛門(きんざえもん)か、何か用事か。」

金左「イヤご書見中をお妨げ致しては相済みません。しかし夜に入ってまでのご勉学には金左衛門も、ことごとく感服つかまつります、当世一般とは申しながら、恐れ入った事でございまする。」

抜麿「何もそう感服してもらわんでもよい。学問というものは一体面白いものだからナ。」

金左「はッ。恐れながらその、学問を面白いものと仰せられるのが実にありがたいことでございまして、金左衛門いよいよもって一方ならず感服つかまつりまする。失礼ながらお読み差しになりおりまするのは何の書でございまして?」

抜麿「ム、これか。これは最新のヒプノチズムの書だナ。」

金左「ヘェエ。金左衛門西洋の言葉はいっこうに解りませぬが、ヒプノチ‥‥とか申しますると、何の意義(わけ)でございまするので?」

抜麿「そうさナ、まず一般に催眠術と訳しておるナ。」

金左「ヤ、催眠術の書をお読みになっていらせられましたので!」

抜麿「何も左様に仰山に驚くことは無いではないか。」

金左「はッ。ではござりまするが恐れながらそれならば申し上げなければ相成りませぬ。実はかく人静かなる折りを見てお目通り致しましたのも、その事につきまして申し上げたくてでございました。恐縮ながら一応お聞き取り下されまするように。」

抜麿「フフム。何と申す金左衛門。催眠術について言ってみたいことがあると申すのであるか。遠慮はない、申してみい、聞いて遣わす。」

金左「はッ。まことにありがたいことで。しからば申しまする。恐れながら催眠術とはキリシタンバテレンの邪法の類で、甚だもって怪しからん義と金左衛門愚考つかまつりまする。しかるに承り及びますれば御上におかせられましては、大金をもってドイツ帰りの術者よりご伝授を受けさせられたるの由にて、それより深くお心をその事に傾けさせられ、日夜に魔法のご修行をばお積みなさるるやのご様子、全くもってご本心より出でたることとは金左衛門は存じませぬ。日頃ご学問にお凝りなされたるあまり天魔に魅入られたまいて、かようの事をお好みに相成る義にも立ち至られたかと存じまする。」

抜麿「これ金左衛門何を申すのだ。催眠術というものは決して左様の分けのものでは無い。しかるべき理があってしかるところの心理的現象で、最も研究を値するところの深奥の道である。であるによって予もこれを研鑽しておるのだ。決して危険または有害の事では無いから予の自由に任せておけ。」

金左「いや、ご自由にお任せ申し上げる分けにはどうしても相成りません。あくまでご諫言を申し上げてお思い止まりになって頂きませねば、君ご幼少よりお付き申したる金左衛門、面目もござりませぬ。有害の事では無いと仰せられまするが、左道邪法をお学びになってはよろしいことはござりますまい。既にご承知でもございましょうが聖人のお言葉にも、異端を攻むるはこれ害なるのみとございますれば何卒なにとぞ速やかに魔法の書共をお焼き捨て相成りまして、ふたたびおん顧みこれなきようご断念遊ばされたく、金左衛門ひとえにこの義務用いを願い上げ奉りまする。今日も既に物陰にてお端共の申すを聞きますれば、今にもまた君の魔法の為のご用仰せつけらるるかと、殊のほかに恐怖も仕り、かつ迷惑も仕る様子、昨年末お端共の中にて喧嘩悶着致し、ついに一名お暇下さるるよう相成りたるも畢竟は由無きおん物好き故でござりますれば、左様の義にお心をお寄せ相成るはお家ご擾乱の元と存知奉りまする。今にして早くおん思い捨て相成らぬにおいては、後害計り難き義でございますれば、新年早々ではございまするが御面を冒してご諫言申し上げまする。何卒ぴったりと左様のおん物好きご廃止あらせらるるようご賢慮の程を願わしゅう存知たてまつりまする。」

抜麿「これやかましいわ金左衛門、制しても制しても予の声を耳にも入れず何を一人でしゃべっておる?貴様のような学術的趣味の解らぬ者には申し聞かすも難儀であるが、催眠術とは決して魔法でも無い左道でも無いから、安心致すがよい。」

金左「とばかり一口に仰せられましても。」

抜麿「不安に存ずると言うのだろうがそれは知らんからだ。何も薬を用いるでは無し、仕掛けを用いるでは無し、危険を起こすべきタネは何も無いのであるから、心配する角は更に無いでは無いか。」

金左「しかし御上におかせられまして印を結び呪文を唱えられますると、術をかけられましたるものは心神暗くなりまして、ついに眠気を催し我を忘れましたる挙げ句、御上の命ぜられますることは如何様の儀でも致しますると承りましたが、右は事実のことでござりましょうかいかがで。」

抜麿「ヤ、それはもうその通り、奇々妙々である。白湯を与えて酒だと申せば飲んで酔いを発する、灰を与えて砂糖だと申せば舐めて甘いと申す。実にそれは神変不可思議のものである。金左衛門その方に法を施して遣わそうか。」

金左「どういたしまして、まっぴら御免下さいますように。」

抜麿「イヤ、よいわ、掛けてやろう、さあ掛けて遣わそう。そうすると貴様も催眠術を魔法だなぞと申すそんな頑迷の事を申して意見立てを致すような下らぬ事は皆忘れてしまう。さ、掛けて遣わそう、もちっと進め。」

金左「と、と、とんでも無い事でござりまする、怪しからん事で。」

抜麿「イヤ、掛けてやろう、掛けてやろう、それがよい金左衛門。別に苦しいことでも無し、何ともなくってそれでその方の望むことを遂げ得させる。天に上りたくば天に上らせてやる、空を飛びたくば飛ばせてやる。」

金左「ウーン。」

抜麿「何だ、その様な恐ろしいうなり声を出して。」

金左「ヤ、どうも怪しからんことを仰せられまする。いよいよもって魔道ご執心の余り、いささかご逆上の気味と相見えまする。天に上らせ空を飛ばすなどと、左様の事が何として出来ましょう。」

抜麿「イヤ、論より証拠だ、出来るから奇妙である。さあ貴様に掛けて催眠術の奇特を眼前に示してやろう。」

金左「どう仕りまして、怪しからん事で、実に怪しからんことで。いよいよもって催眠術は魔道に疑いござらん。正法に奇特無しと申す言葉の裏を参る事でござれば、その奇特の有ると仰せらるるだけに合点がまいりませぬ。金左衛門どうあってもお止め申さねばなりませぬ。」

抜麿「エェくどくどと申してうるさいジジイである。‥‥よしよし、嚇してやろう。」

金左「イヤ何となされまする?その様にランプを暗くなされまして!」

抜麿「……‥」

金左「その様なお真面目な恐ろしいお顔をなされまして金左衛門をお睨みになりまして。もしやこれは魔術をお掛けに相成るのではございませんか、不気味でござりまする!」

抜麿「もとよりである。もう二三分通りは掛かっておるぞ金左衛門。」

金左「ヒャア、これは怪しからん、襟元がぞくぞく致しまする!南無八幡大菩薩、摩利支天神!」

抜麿「それいよいよ掛かって来たぞ、どうだ金左衛門!。ビールビールスッポン、アアワーブクブク、ノーンダラヨカラウ、ウマカラウソハカ、ゴクリゴクリゴクリ。」

金左「これはたまらん、異な心持ちになって参った。魔術を掛けられては金左衛門一生の瑕瑾になる、逃げるに越した事は無い!」

抜麿「これ何処へ参る?金左衛門、逃げてはならんぞ。」

金左「摩利支尊天、摩利支尊天。」

抜麿「待て待て金左、掛けて遣わすぞ金左。ビールビールスッポン。‥‥」

金左「摩利支尊天、摩利支尊天。」

抜麿「待て待て金左。アアワーブクブク、ノーンダラヨカラウ。」

金左「摩利支尊天摩利支尊天」

抜麿「ビールビールスッポン。」

金左「摩利支尊天摩利支尊天」

抜麿「ビールビールスッポン。」

「術競べ」 | 2010/09/13(月) 11:35 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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