抜麿「ハハハハハハ。金左衛門のジジイめ、大いに驚きおった様子だ。いかに予が催眠術に達しておるからとて、ビールビールスッポンというような呪文でどうもなるのでは無いが、自分の気でもって嫌な心持ちになったと見えて妙な顔をして逃げおった。これが真の当意即妙というので、メスメルでもリーボーでもこんな事は知るまい。ハハハハハハ。しかしこれもまた研究の一材料で、等閑にはできぬ事だ。確かに彼は恐怖して不快を覚えたに相違無い。あの目つき、あの声音、あの挙動というものは、彼が自己で自己に暗示した結果に他ならぬのである。まずもって研究記録の一ページは石部金左衛門で埋まる分けだ。それはそうとして去暮(くれ)はお智世を試験に供して、大分に色々の事を発明したが、年末年頭の俗事のために大いに実際研究を怠った。あの北利奇之助は定めし予を凌駕しようと思って勉強したことであろう。しかしあの男などに遅れを取る抜麿ではない、予は予で十分に研究を積んで驚かしてやろう。イヤそれについてはまた予が工夫した新式の催眠法を、差し当たりまず実験して見ねばならぬが、お品は物静かな生まれだけれども予の顔を見れば逃げるし、お釜は卑劣な奴で百円くれと言うし、前に掛けたことのある植木屋のせがれはその後は来ぬし、お鍋は愚な奴で、直に睡眠するそれはいいけれども、甚だしく涎を垂らして椅子も何もぬらぬらにして、そこら中をナメクジの這ったように致すには汚くて叶わぬ。ハテ誰を実験に使おうか、ムムお狐お狐!。来た時から彼女(あれ)は利口で健全で常識の発達しておる、実験用には屈強の女だと思っておった。彼女(あれ)の事、彼女(あれ)の事!どれ呼び出して今夜は術始めに一つ試みてやろう。」