お狐「いいことネー金持ちってものは、マァこの応接間なんかのハイカラで、そして洒落きっていること!窓掛けの立派なこと! 絨毯の美しいこと、緋の絹天を貼ったこの細足の椅子の心持ちの好いこと! テーブル掛けの結構なこと! 暖炉が焚いてあるからこの暖かで心持ちの好いこと! これを思うと身分があるよりゃあお金のある方が好い。私のいる家も随分結構には違いないが何だか窮屈なところがあって、どうもサヤ型の唐紙がまだどこかに残っているような気がする! だがこうやって丁寧に扱われるのも私が出来るだけめかし込んで下手な令嬢みたいにすまして来たからばかりじゃあ無い、やっぱり主人の威光が背後(うしろ)から射しているからだろう。それにしても例の馬鹿な真似を一通りはしなくちゃあならないのだが、ここのも魔法使いだというから大概知れた男だ。怖いことはあるまい、いい加減に誤魔化して、オマケをつけてお金でも品物でも何でも奪(と)ってやれ。オャドアの外で足音がする。そら来た、奇之さんが。こっちもオホンとすまさなくっちゃあ。」
奇之助「ヤ、これはお待たせ申しました。初めてお目にかかりますが、貴女は朽藁様のお身内ででもお有りなさいまして。」
お狐「ハイ、イイエ、あの暮れから参っておりまする召使いでございまして、貴方はご存じはございますまいが、私はもー、貴方をチャーンと存じておりまするのでございます。オォ恐ろしい香水の匂いだこと!まるで目も何も開いちゃあいられやしない!」
奇之助「ハハハハ。ヤ、そうでしたか、お召し使いでいらしったか、あんまり貴女がお綺麗なのでお身内かと思いました。して貴女のお出でになったご用と申しますのは?」
お狐「召使いだと言っても私のことを貴女貴女って言ってるよ。言葉といい目つきの様子じゃあ女にゃあ鼻の下が鯨尺の方らしい! 打たれる気遣いもあるまい、やらかそうかネェ! ハイ、その用向きと申しまするのは、朽藁式―催眠術の―妙―作―用―は―、こ―の―通―り―。」
奇之助「やッ、こりゃあ驚いた! 危なく椅子と一緒にひっくり返ってしまうところであった! 何だ! 両手でコンコンチキをこしらえて踊りかかって来るには驚いたナァ。悪い洒落だ、君、止したまえ、君、イヤ貴女、そんな事をしちゃあ困ります、止したまえ貴女!」
お狐「こんこんちきや、こんちきや、化あかそ化かそ。」
奇之助「これそう騒いでは困りますよ貴女! あぁ椅子をひっくり返した! 危ない!危ない! 止したまえ君、冗談しちゃあ困ります! 君! イヤ貴女困りますといえば、イヤ貴女! 貴女!」
お狐「我は化けたと思えども、こんこんちきや狐(こん)ちきや。」
奇之助「狂気(ふれ)ているのじゃないかしら、静かになったり、騒いだり、何だか一向に訳が分からない、悪いいたずらだ。」
お狐「いやいやのいたずらや、こんこんこん。」
奇之助「ウン、ハハァ、解(よ)めた! 解めた! あの抜麿めが催眠術を施して、暗示を与えておいて僕を嬲るのだナ! ウンそうだそうだ! それに違いない! この人が何も知った事では無いのだ。怒るわけにはいかないし、仕方がない、仕方がない!いっそ早くこの人が言いつけを受けただけの事を果たさせてしまう方がいいのだ。仕方がない僕も一緒になって踊ってやれ!こんこんちきや、こんちきや、すってこすってこ、すってこてこ!」
お狐「あぜ道細道回れ回れ。」
奇之助「あぜ道細道回れ回れ。やッ、膝小僧を椅子へ打ち付けた。あぁ痛い痛い。どうも身の軽いのには敵わない! あッ椅子からテーブルの上へ飛び上がった! とても追いつかない!」
お狐「ひらりとくるりと腰をしなえて踊り舞うていのうよ。さあもうよかろう、コンコンコン、そのお鼻の頭を一ツこうやってポーン。」
奇之助「あッ、こりゃあひどい!紳士たるものの鼻の頭(さき)を弾くなぞは! そして何だ、妙に気取ってトントントンと三歩下がって、眼を瞑って首を振って。」
お狐「フャラノ、フャラノ、フーン。ベッカッンコーッ。」
奇之助「ヤ、これは怪しからん、人の顔を見ながらベッカッンコをしてそして舌を出すとは!エェ、しかしながら怒るわけには行かん術のさせることであるから、泰然としてすましておらなければならん。オホンオホンオホン。」
お狐「その光った石の入っている薬指の指輪を私に下さるお約束で、」
奇之助「エェー、これはダイヤモンドだのに。」
お狐「ハイ、そのダイヤモンドのを。下さらなければはめていらっしゃる指を喰い切っても頂きますから。」
奇之助「こりゃたまらん、喰いつきそうな顔だ!あげますあげます。後では取れるだろうが酷い暗示をしおったナ。ア、指にはめてしまったら手を握って正体を失ってしまった!ばあやぁ、ばあやぁ、あッ、ここにこれが有ったったっけ、ベルさえ忘れてしまった。」
お兵「何でございます。マァ大変な騒ぎでしたが。オャ朽藁さんのお使いが倒れているじゃ有りませんか。」
奇之助「いい、大丈夫だ、水を持って来てこの人にかけろ。」
奇之助「ヤ、これはお待たせ申しました。初めてお目にかかりますが、貴女は朽藁様のお身内ででもお有りなさいまして。」
お狐「ハイ、イイエ、あの暮れから参っておりまする召使いでございまして、貴方はご存じはございますまいが、私はもー、貴方をチャーンと存じておりまするのでございます。オォ恐ろしい香水の匂いだこと!まるで目も何も開いちゃあいられやしない!」
奇之助「ハハハハ。ヤ、そうでしたか、お召し使いでいらしったか、あんまり貴女がお綺麗なのでお身内かと思いました。して貴女のお出でになったご用と申しますのは?」
お狐「召使いだと言っても私のことを貴女貴女って言ってるよ。言葉といい目つきの様子じゃあ女にゃあ鼻の下が鯨尺の方らしい! 打たれる気遣いもあるまい、やらかそうかネェ! ハイ、その用向きと申しまするのは、朽藁式―催眠術の―妙―作―用―は―、こ―の―通―り―。」
奇之助「やッ、こりゃあ驚いた! 危なく椅子と一緒にひっくり返ってしまうところであった! 何だ! 両手でコンコンチキをこしらえて踊りかかって来るには驚いたナァ。悪い洒落だ、君、止したまえ、君、イヤ貴女、そんな事をしちゃあ困ります、止したまえ貴女!」
お狐「こんこんちきや、こんちきや、化あかそ化かそ。」
奇之助「これそう騒いでは困りますよ貴女! あぁ椅子をひっくり返した! 危ない!危ない! 止したまえ君、冗談しちゃあ困ります! 君! イヤ貴女困りますといえば、イヤ貴女! 貴女!」
お狐「我は化けたと思えども、こんこんちきや狐(こん)ちきや。」
奇之助「狂気(ふれ)ているのじゃないかしら、静かになったり、騒いだり、何だか一向に訳が分からない、悪いいたずらだ。」
お狐「いやいやのいたずらや、こんこんこん。」
奇之助「ウン、ハハァ、解(よ)めた! 解めた! あの抜麿めが催眠術を施して、暗示を与えておいて僕を嬲るのだナ! ウンそうだそうだ! それに違いない! この人が何も知った事では無いのだ。怒るわけにはいかないし、仕方がない、仕方がない!いっそ早くこの人が言いつけを受けただけの事を果たさせてしまう方がいいのだ。仕方がない僕も一緒になって踊ってやれ!こんこんちきや、こんちきや、すってこすってこ、すってこてこ!」
お狐「あぜ道細道回れ回れ。」
奇之助「あぜ道細道回れ回れ。やッ、膝小僧を椅子へ打ち付けた。あぁ痛い痛い。どうも身の軽いのには敵わない! あッ椅子からテーブルの上へ飛び上がった! とても追いつかない!」
お狐「ひらりとくるりと腰をしなえて踊り舞うていのうよ。さあもうよかろう、コンコンコン、そのお鼻の頭を一ツこうやってポーン。」
奇之助「あッ、こりゃあひどい!紳士たるものの鼻の頭(さき)を弾くなぞは! そして何だ、妙に気取ってトントントンと三歩下がって、眼を瞑って首を振って。」
お狐「フャラノ、フャラノ、フーン。ベッカッンコーッ。」
奇之助「ヤ、これは怪しからん、人の顔を見ながらベッカッンコをしてそして舌を出すとは!エェ、しかしながら怒るわけには行かん術のさせることであるから、泰然としてすましておらなければならん。オホンオホンオホン。」
お狐「その光った石の入っている薬指の指輪を私に下さるお約束で、」
奇之助「エェー、これはダイヤモンドだのに。」
お狐「ハイ、そのダイヤモンドのを。下さらなければはめていらっしゃる指を喰い切っても頂きますから。」
奇之助「こりゃたまらん、喰いつきそうな顔だ!あげますあげます。後では取れるだろうが酷い暗示をしおったナ。ア、指にはめてしまったら手を握って正体を失ってしまった!ばあやぁ、ばあやぁ、あッ、ここにこれが有ったったっけ、ベルさえ忘れてしまった。」
お兵「何でございます。マァ大変な騒ぎでしたが。オャ朽藁さんのお使いが倒れているじゃ有りませんか。」
奇之助「いい、大丈夫だ、水を持って来てこの人にかけろ。」