お兵「旦那様!旦那様!お起きなさいまし、お客様でございます。」
奇之助「ウンー、ムニャ、ムニャ、ムニャ。」
お兵「朽藁様からのお使いです!」
奇之助「使いなんぞ待たせておけ、眠い眠い、もう一時間寝る。」
お兵「そうはいきません、もう九時ですから。」
奇之助「じゃあもう三十分寝る。」
お兵「いけません。お起きなさい。」
奇之助「婆やぁ、堪忍してくれ、目が開かないもんだから。もう十分寝る。」
お兵「そんなことを言いながらトロトロしていらっしゃる、あなたぐらいお寝坊の人はありゃあしません。お起きなさいお起きなさい。」
奇之助「もう五分寝る。」
お兵「いけませんいけません。」
奇之助「もう一分寝る。」
お兵「何ですネ下らない!いくら眠いと言ったって、一分ばかり寝たって何になりますものか。お起きなさい、お起きなさい!朽藁さんのお使いというのは、若い女ですよ、綺麗にお化粧(つくり)をしているちょいと見られる新造ですよ、まあ別嬪(べっぴん)ですよ、ほんとうに別嬪ですよ。」
奇之助「何だ、別嬪だと。本当か、本当か。」
お兵「へへへ、別嬪といったら目をお覚ましなすったよ。」
奇之助「ヤ、しまった!謀られたか、残念な。起きるんじゃあなかった。その位なら今の夢の続きを見た方がよかったっけ。」
お兵「未練な事を仰るものじゃありません、みっとも無うございますよ。嘘じゃありません、ほんとに別嬪なのです。」
奇之助「いいよ、もう起きるよ。それ湯を汲んでくれ。髪の道具は揃ってるかい…剃刀を研がせておけと言ったが、研げているかネ?新聞を膳のそばへ置いてくれ、食いながら読むから。座ったらすぐに茶が飲めて飯が食えて汁が熱くて卵の鏡焼きが出来ていて、新聞が置いてあって、郵便が並べてあって全ての埒のあくようにしておいてくれなくちゃあいかんぜ婆やぁ!」
お兵「散々寝ておきなすって、起きるとすぐにそのせっかちが始まりますえ。」
奇之助「そう悪く落ち着いてすましていてはいかん!だから日本人は嫌いだ。だらけていていかんというのだ。どうも東洋一帯の悪い習慣だ。早くしろ早くしろ婆やぁ」
お兵「それまた『日本人は嫌いだ』がはじまった。そんなに急かないでもですよ。それあんまりお慌てなさるから首締めが裏返っています!」
奇之助「チョッ、何年経ってもネクタイの事を、最初に言い出した自分の言葉でもって今だに首締め首締めって言いくさる、忌々しい意固地のババアだナ。」
お兵「でも首締めは首締めですもの、首締めって言ったって悪かぁ有りません。」
奇之助「いいよ、いいよ、お前と言語論したってしょうがない。早くまあ飯を食おう。飯だ飯だ飯だ!」
奇之助「ウンー、ムニャ、ムニャ、ムニャ。」
お兵「朽藁様からのお使いです!」
奇之助「使いなんぞ待たせておけ、眠い眠い、もう一時間寝る。」
お兵「そうはいきません、もう九時ですから。」
奇之助「じゃあもう三十分寝る。」
お兵「いけません。お起きなさい。」
奇之助「婆やぁ、堪忍してくれ、目が開かないもんだから。もう十分寝る。」
お兵「そんなことを言いながらトロトロしていらっしゃる、あなたぐらいお寝坊の人はありゃあしません。お起きなさいお起きなさい。」
奇之助「もう五分寝る。」
お兵「いけませんいけません。」
奇之助「もう一分寝る。」
お兵「何ですネ下らない!いくら眠いと言ったって、一分ばかり寝たって何になりますものか。お起きなさい、お起きなさい!朽藁さんのお使いというのは、若い女ですよ、綺麗にお化粧(つくり)をしているちょいと見られる新造ですよ、まあ別嬪(べっぴん)ですよ、ほんとうに別嬪ですよ。」
奇之助「何だ、別嬪だと。本当か、本当か。」
お兵「へへへ、別嬪といったら目をお覚ましなすったよ。」
奇之助「ヤ、しまった!謀られたか、残念な。起きるんじゃあなかった。その位なら今の夢の続きを見た方がよかったっけ。」
お兵「未練な事を仰るものじゃありません、みっとも無うございますよ。嘘じゃありません、ほんとに別嬪なのです。」
奇之助「いいよ、もう起きるよ。それ湯を汲んでくれ。髪の道具は揃ってるかい…剃刀を研がせておけと言ったが、研げているかネ?新聞を膳のそばへ置いてくれ、食いながら読むから。座ったらすぐに茶が飲めて飯が食えて汁が熱くて卵の鏡焼きが出来ていて、新聞が置いてあって、郵便が並べてあって全ての埒のあくようにしておいてくれなくちゃあいかんぜ婆やぁ!」
お兵「散々寝ておきなすって、起きるとすぐにそのせっかちが始まりますえ。」
奇之助「そう悪く落ち着いてすましていてはいかん!だから日本人は嫌いだ。だらけていていかんというのだ。どうも東洋一帯の悪い習慣だ。早くしろ早くしろ婆やぁ」
お兵「それまた『日本人は嫌いだ』がはじまった。そんなに急かないでもですよ。それあんまりお慌てなさるから首締めが裏返っています!」
奇之助「チョッ、何年経ってもネクタイの事を、最初に言い出した自分の言葉でもって今だに首締め首締めって言いくさる、忌々しい意固地のババアだナ。」
お兵「でも首締めは首締めですもの、首締めって言ったって悪かぁ有りません。」
奇之助「いいよ、いいよ、お前と言語論したってしょうがない。早くまあ飯を食おう。飯だ飯だ飯だ!」