昔、現代語にして読みやすくしたものですが、昔のホームページがつぶれるのでアップします
お釜「そりゃあもう別に勤めづらいというような事は無いお屋敷だけれどネ…‥、」
お狐「『だけれどネ』ってお言いだと、何かあるの?やっぱり何かしら嫌な事でもあるの?」
お釜「お前さんは参上(あが)ってから半月ばかりにしかならないし、それにちょうど暮れからお正月へかかったところだからお上でもお忙しいものなのでネ、まだ何にも知らずにおいでだが今にご覧なさい‥‥。」
お狐「おやおかしいのネ、ご用の多い時にさえ嫌な事の無い勤めやすいお屋敷でもって、ご用の空きになるとかえって嫌な事が有るって言うの?一体どんなことなの?教えておいておくんなさいナ。エ、エ、若様が何か猥褻(いや)らしいことでもなさるの?」
お釜「いいえそうじゃあ無いんだけれど‥‥。じゃあお前さんは本当に何にも知らずに上がったのだネ。」
お狐「気になる事ネェ、そんな事を言われると。私も初奉公という年齢(とし)じゃあ無いけれどもネ、全く今までお屋敷奉公なんて言うものはした事が無いんだから、ただでさえ何だか妙に心細く思ってるのだよ。だけども暮れにこちらへ上がってから、別に嫌だと思った事もついぞ無いんでネ、内々いいお屋敷へ勤め当てたと喜んでいたところだが、じゃあやっぱり何かつらい事があるの?あぁ解った、奥のお取り締まりのあのお熊さんていう太ったお婆さんネ。あの人が岩藤みたいに底意地でも悪くって?」
お釜「ナァニあの方は見かけは恐ろしくっても心はいい方なんだよ。お前さんの前にいたお智世(ちせ)さんていう人がネ、あの方にあだ名をつけて『雷おこし』と言ったワネ、古風(むかし)もので堅いだけで毒も何にも無いってんで。ハハハハハ。」
お狐「オホホホホホ。」
お釜「あの方よりは大殿様付きのお小間使いのお品さんネ、あの人の方がいくら付き合いにくいかしれやしないワネ。やっぱりお智世さんがくっつけた名だけれど『ゴムドロップ』たぁホントによく付いているよ。」
お狐「ヘェー、何故ネェ?」
お釜「変にクネクネして噛み切れない様子がまるであの人そっくりだもの!あの人ったら言葉遣いは柔らかで人当たりは好いけれども、お腹の中はネチネチして気難しい、煮え切らない、恨みっぽいような怒りっぽいような、そりゃあキザぁな人だからネ。」
お狐「オォ怖い人ネェ。あの人が意地悪するの?」
お釜「ナァニ別にあの人だってこっちからさえ構わずに置きゃあネ、ご用の無い時は新体詩とかいう物を黙々読んでいて一人で高慢ぶってるだけの人だよ。」
お狐「解らないのネ。じゃあ何が嫌な事なの?」
お釜「そんなにお聞きだから知らせてあげようがネ、その嫌な事って言うのはお前さんのお付き申している若様がネ。」
お狐「ハァ。」
お釜「あのお優しい、お人の好い、抜麿(ぬけまろ)様がネ。」
お狐「やっぱり性の悪いお癖でもお有りなさると言うの?」
お釜「いいえ女なんぞお構いなさるようなそんな方じゃ無いけれども。」
お狐「焦らさずと早く言って下さいな、じれったいワ、お釜(かま)さん。」
お釜「あれであの若殿様が大の魔法使いでネ。」
お狐「エェッ。何ですって?」
お釜「大の魔法使いでいらっしゃるものだからネ、今にきっとお前さんはその魔法のご用をお言いつかるだろうが、魔法のお修行のご用を言いつかるのは誰だって嫌だろう、じゃあ無いか?」
お狐「魔法って、あの自雷也やなんかの?嫌だよお釜さんは人をからかってさ、馬鹿馬鹿しい、そんな事があってたまるものかネ。」
お釜「イイエ、それが有るんだから仕方が無いじゃないか、今に解るよ。」
お狐「何だかおかしいことをお言いだけれど本当の事なの?。」
お釜「嘘をついたってしょうがありゃしないワネ。本当の事だよ。」
お狐「あら!それじゃあいよいよ本当に本当なの?。」
お釜「ハハハ、そうさ。本当に本当さ。本当にも何も!誰だって知っている事だよ。現にお前さんの前にいたお智世さんという人もネ、魔法のいきさつから起こった事でお暇を頂いたくらいの訳さ。」
お狐「ヘェー。どういう訳合いでネ?」
お釜「何だネェお前さんは、私の方へすり寄って来てサ。あの、若様がある夜お智世さんに向かって法をお使いなさるとネ、お智世さんはもうまるで夢中になってしまって、座れとおっしゃれば座り、起てとおっしゃれば立つのさ。」
お狐「ヘェー。若様はそんなに魔法がお出来になるの?何だか少しばかり不気味だことネ。」
お釜「そりゃあもう大変に高い金銭(おあし)をお出しになってお習いになったのだから、なさりゃあどんな素晴らしいことでも何でも造作なく出来るのだそうだよ。それでネ、お智世に向かっておっしゃったには、明日お前が一番はじめにお品に顔を合わせた時、『お品さんお前の高慢は止してくださいな、あんまり高慢な顔をしていると、それそれそれ、鼻の頭が伸びて伸びて垂れ下がって象のようになります、オホホホホホホ。」と笑ってやるがよい。と、こう繰り返し繰り返し御命令(おいいつけ)になったのだよ。するとお智世さんとお品さんとは前から仲が悪かったのだから、知っててお智世さんがそう言ったのだか魔法の効き目のせいだったか、次の日の朝大殿様の方と若殿様のお部屋との間の、あのお庭に沿ってあるお廊下でもってネ、お品さんが例の高慢な澄ましきった顔つきで、お智世さんを見かけて慇懃に挨拶すると、お智世さんはおはようとも言わなけりゃあ頭を下げようでも無くっていきなり甲走った黄色い声をむやみに張り上げてネ、『お品さんお前の高慢は止してくださいな、あんまり高慢な顔をしていると、それそれそれ、鼻の頭が伸びて伸びて垂れ下がって象のようになります、オホホホホホホ。」とご殿中響いて聞こえるほどに笑ったのサ。」
お狐「マァー。ひどい事。怒りましたろうネ。」
お釜「怒るまい事か、怒るまい事か。日頃高慢な憎らしい人で、おまけに鷲のくちばしのような格好をしている自分の鼻つきを大自慢でいる人だから、皆がお智世さんの言葉を聞いてクックと笑うのが聞こえると、サァ真っ青になってプイと怒って大殿様のお部屋へ駆け込んだが、それからは何を申し上げたか泣き声が低く聞こえたばっかりサ。で、その晩お智世さんはお暇が出るということになってしまったので、その代わりにお前さんが来たというような訳になったのだよ。」
お狐「お智世さんていう人は馬鹿を見ましたのネェ、かわいそうじゃ有りませんか。」
お釜「だから若様から内々で大紙幣(おさつ)を一二枚頂いて下がったワネ。」
お狐「まったく魔法を使われると前後の考えが無くなるのでしょうかネェ?」
お釜「私はどうだか知らないけれどもネ、今にお狐(おきつ)ちょっと来いってんできっとお呼びになるだろうから、どんなものだかその時になったら自然(ひとりで)にお解りだろう。」
お狐「嫌な事ネェ、そりゃあ大変だわ。オォ嫌な事、オォ嫌だ事!魔法のお手習いのお草紙になんかされちゃあたまる事ちゃあ無いッ。」
お釜「ほんとにサ。だから私は、お釜ちょっと来いとおっしゃった時にネ、私は魔法のお相手になるお約束でご奉公は致しませんから嫌でございます、それともたってご用になさりたけりゃあ、一遍について百円づつ前金に頂きとうございますって言って、ようやくの事に人身御供を免(のが)れたよ。」
お狐「ホホホホホホ、お前さんはなかなかどうして大変に強いのネエ。」
お釜「どうしてどうしてお前その位にしなくっちゃあ、悪くしようものなら魔法責めにされちまうよ。抜麿様ばかりじゃない、抜麿様の学校のお友達にも、北利奇之助(きたりきのすけ)さんという金持ちの息子さんがあってネ、その人も大変な魔法凝りだそうで、何でも若様とその人と一緒になった日にゃあ大変な騒ぎだよ、誰でも彼でも捕まえて魔法を使いたがるのだからネ。」
お狐「大変なヘンテコな人もあればあるものですネェ。写真に凝った人よりゃあどうも始末が悪いこと!どうしよう、私は急にお暇を願おうかしら。」
お釜「悪い事は言わないから私の伝がいいよ、まさか百円は下さる気遣いが無いからネ。」
お狐「そうネェ。」
お釜「今夜あたりはお正月でももう七草過ぎで、一体に物静かだから魔法初めなんて言うので、お前さんちょっと来いのお召喚(よびだし)をいただくかもしれないよ。」
お狐「嫌ですよお釜さん、不気味だことネェ。」
お釜「そりゃあもう別に勤めづらいというような事は無いお屋敷だけれどネ…‥、」
お狐「『だけれどネ』ってお言いだと、何かあるの?やっぱり何かしら嫌な事でもあるの?」
お釜「お前さんは参上(あが)ってから半月ばかりにしかならないし、それにちょうど暮れからお正月へかかったところだからお上でもお忙しいものなのでネ、まだ何にも知らずにおいでだが今にご覧なさい‥‥。」
お狐「おやおかしいのネ、ご用の多い時にさえ嫌な事の無い勤めやすいお屋敷でもって、ご用の空きになるとかえって嫌な事が有るって言うの?一体どんなことなの?教えておいておくんなさいナ。エ、エ、若様が何か猥褻(いや)らしいことでもなさるの?」
お釜「いいえそうじゃあ無いんだけれど‥‥。じゃあお前さんは本当に何にも知らずに上がったのだネ。」
お狐「気になる事ネェ、そんな事を言われると。私も初奉公という年齢(とし)じゃあ無いけれどもネ、全く今までお屋敷奉公なんて言うものはした事が無いんだから、ただでさえ何だか妙に心細く思ってるのだよ。だけども暮れにこちらへ上がってから、別に嫌だと思った事もついぞ無いんでネ、内々いいお屋敷へ勤め当てたと喜んでいたところだが、じゃあやっぱり何かつらい事があるの?あぁ解った、奥のお取り締まりのあのお熊さんていう太ったお婆さんネ。あの人が岩藤みたいに底意地でも悪くって?」
お釜「ナァニあの方は見かけは恐ろしくっても心はいい方なんだよ。お前さんの前にいたお智世(ちせ)さんていう人がネ、あの方にあだ名をつけて『雷おこし』と言ったワネ、古風(むかし)もので堅いだけで毒も何にも無いってんで。ハハハハハ。」
お狐「オホホホホホ。」
お釜「あの方よりは大殿様付きのお小間使いのお品さんネ、あの人の方がいくら付き合いにくいかしれやしないワネ。やっぱりお智世さんがくっつけた名だけれど『ゴムドロップ』たぁホントによく付いているよ。」
お狐「ヘェー、何故ネェ?」
お釜「変にクネクネして噛み切れない様子がまるであの人そっくりだもの!あの人ったら言葉遣いは柔らかで人当たりは好いけれども、お腹の中はネチネチして気難しい、煮え切らない、恨みっぽいような怒りっぽいような、そりゃあキザぁな人だからネ。」
お狐「オォ怖い人ネェ。あの人が意地悪するの?」
お釜「ナァニ別にあの人だってこっちからさえ構わずに置きゃあネ、ご用の無い時は新体詩とかいう物を黙々読んでいて一人で高慢ぶってるだけの人だよ。」
お狐「解らないのネ。じゃあ何が嫌な事なの?」
お釜「そんなにお聞きだから知らせてあげようがネ、その嫌な事って言うのはお前さんのお付き申している若様がネ。」
お狐「ハァ。」
お釜「あのお優しい、お人の好い、抜麿(ぬけまろ)様がネ。」
お狐「やっぱり性の悪いお癖でもお有りなさると言うの?」
お釜「いいえ女なんぞお構いなさるようなそんな方じゃ無いけれども。」
お狐「焦らさずと早く言って下さいな、じれったいワ、お釜(かま)さん。」
お釜「あれであの若殿様が大の魔法使いでネ。」
お狐「エェッ。何ですって?」
お釜「大の魔法使いでいらっしゃるものだからネ、今にきっとお前さんはその魔法のご用をお言いつかるだろうが、魔法のお修行のご用を言いつかるのは誰だって嫌だろう、じゃあ無いか?」
お狐「魔法って、あの自雷也やなんかの?嫌だよお釜さんは人をからかってさ、馬鹿馬鹿しい、そんな事があってたまるものかネ。」
お釜「イイエ、それが有るんだから仕方が無いじゃないか、今に解るよ。」
お狐「何だかおかしいことをお言いだけれど本当の事なの?。」
お釜「嘘をついたってしょうがありゃしないワネ。本当の事だよ。」
お狐「あら!それじゃあいよいよ本当に本当なの?。」
お釜「ハハハ、そうさ。本当に本当さ。本当にも何も!誰だって知っている事だよ。現にお前さんの前にいたお智世さんという人もネ、魔法のいきさつから起こった事でお暇を頂いたくらいの訳さ。」
お狐「ヘェー。どういう訳合いでネ?」
お釜「何だネェお前さんは、私の方へすり寄って来てサ。あの、若様がある夜お智世さんに向かって法をお使いなさるとネ、お智世さんはもうまるで夢中になってしまって、座れとおっしゃれば座り、起てとおっしゃれば立つのさ。」
お狐「ヘェー。若様はそんなに魔法がお出来になるの?何だか少しばかり不気味だことネ。」
お釜「そりゃあもう大変に高い金銭(おあし)をお出しになってお習いになったのだから、なさりゃあどんな素晴らしいことでも何でも造作なく出来るのだそうだよ。それでネ、お智世に向かっておっしゃったには、明日お前が一番はじめにお品に顔を合わせた時、『お品さんお前の高慢は止してくださいな、あんまり高慢な顔をしていると、それそれそれ、鼻の頭が伸びて伸びて垂れ下がって象のようになります、オホホホホホホ。」と笑ってやるがよい。と、こう繰り返し繰り返し御命令(おいいつけ)になったのだよ。するとお智世さんとお品さんとは前から仲が悪かったのだから、知っててお智世さんがそう言ったのだか魔法の効き目のせいだったか、次の日の朝大殿様の方と若殿様のお部屋との間の、あのお庭に沿ってあるお廊下でもってネ、お品さんが例の高慢な澄ましきった顔つきで、お智世さんを見かけて慇懃に挨拶すると、お智世さんはおはようとも言わなけりゃあ頭を下げようでも無くっていきなり甲走った黄色い声をむやみに張り上げてネ、『お品さんお前の高慢は止してくださいな、あんまり高慢な顔をしていると、それそれそれ、鼻の頭が伸びて伸びて垂れ下がって象のようになります、オホホホホホホ。」とご殿中響いて聞こえるほどに笑ったのサ。」
お狐「マァー。ひどい事。怒りましたろうネ。」
お釜「怒るまい事か、怒るまい事か。日頃高慢な憎らしい人で、おまけに鷲のくちばしのような格好をしている自分の鼻つきを大自慢でいる人だから、皆がお智世さんの言葉を聞いてクックと笑うのが聞こえると、サァ真っ青になってプイと怒って大殿様のお部屋へ駆け込んだが、それからは何を申し上げたか泣き声が低く聞こえたばっかりサ。で、その晩お智世さんはお暇が出るということになってしまったので、その代わりにお前さんが来たというような訳になったのだよ。」
お狐「お智世さんていう人は馬鹿を見ましたのネェ、かわいそうじゃ有りませんか。」
お釜「だから若様から内々で大紙幣(おさつ)を一二枚頂いて下がったワネ。」
お狐「まったく魔法を使われると前後の考えが無くなるのでしょうかネェ?」
お釜「私はどうだか知らないけれどもネ、今にお狐(おきつ)ちょっと来いってんできっとお呼びになるだろうから、どんなものだかその時になったら自然(ひとりで)にお解りだろう。」
お狐「嫌な事ネェ、そりゃあ大変だわ。オォ嫌な事、オォ嫌だ事!魔法のお手習いのお草紙になんかされちゃあたまる事ちゃあ無いッ。」
お釜「ほんとにサ。だから私は、お釜ちょっと来いとおっしゃった時にネ、私は魔法のお相手になるお約束でご奉公は致しませんから嫌でございます、それともたってご用になさりたけりゃあ、一遍について百円づつ前金に頂きとうございますって言って、ようやくの事に人身御供を免(のが)れたよ。」
お狐「ホホホホホホ、お前さんはなかなかどうして大変に強いのネエ。」
お釜「どうしてどうしてお前その位にしなくっちゃあ、悪くしようものなら魔法責めにされちまうよ。抜麿様ばかりじゃない、抜麿様の学校のお友達にも、北利奇之助(きたりきのすけ)さんという金持ちの息子さんがあってネ、その人も大変な魔法凝りだそうで、何でも若様とその人と一緒になった日にゃあ大変な騒ぎだよ、誰でも彼でも捕まえて魔法を使いたがるのだからネ。」
お狐「大変なヘンテコな人もあればあるものですネェ。写真に凝った人よりゃあどうも始末が悪いこと!どうしよう、私は急にお暇を願おうかしら。」
お釜「悪い事は言わないから私の伝がいいよ、まさか百円は下さる気遣いが無いからネ。」
お狐「そうネェ。」
お釜「今夜あたりはお正月でももう七草過ぎで、一体に物静かだから魔法初めなんて言うので、お前さんちょっと来いのお召喚(よびだし)をいただくかもしれないよ。」
お狐「嫌ですよお釜さん、不気味だことネェ。」